壊れた時計
この海賊団に拾われてからというもの、船長を起こすことはオレの日課になっている。
ただでさえ寝起きの悪い船長を男であるオレが起こすということは、ある意味命懸けだったりするわけで。
だからこそ一番下っ端のオレにこの仕事が回ってきたって言うべきなんだけど。
ともかく、毎日朝から一生懸命だってことだけは言わせてもらいたい。
で、今は何をやってるかと言うと、昼まで寝かせろって船長が寝ぼけたまま暴れたおかげで壊滅状態に陥った部屋の修復作業。
早い話が船長の部屋の
お片付け
だ。
たとえ起きるときに暴れなくても、片付けるって単語を生まれてくるときにどっかに落っことしてきたに違いない船長の部屋は、日に日に汚くなっていくばかり。
そのくせ
愛読書の例の本はガラスケースに全巻キレイにそろえてある
し、シャツとかはまめに洗濯して、いや
当然のように他人に洗濯させて清潔感バッチリ☆
だし。
ほんと、ヤな人間。
たまたま船長に拾われたってだけで船長のお付き、っていうか
下僕
扱い。
もしオレのコトを釣り上げたのが船長じゃなくて副船長のガースさんだったら、オレの人生こんなじゃなかったと思う。
うん。
オレって
不幸
だ。
「あーあ、この花瓶高かったんだろーな。もったいない……」
などと一人でぶつぶつと言いながら、もしかしたらちょっと怪しいかもしんないけど、マメしく部屋の片付けを続けていく。
邪魔なんで船長を追い出し、まずはゴミとそうじゃない物の分類。
これが恐ろしい位に面倒な仕事なんだ。
さっきの花瓶の欠片とか、明らかにゴミってものはいい。
やっかいなのはいつのものだかわからない新聞の切り抜きだとか、なんだか微妙に重要そうな書類だとか、そういった紙類。
いつもは気にしてないのに、ふと気付いて見当たらないとやっぱり怒るんだよな。
…………不条理だ。
「えーとこの新聞は……ゴミかな。こっちは、まぁ捨ててもいいか。で、これは……」
オレが床から拾い上げたのは、細い銀の鎖の付いた懐中時計だった。
詳しくないからよくわかんないけど、細工は丁寧でかなりの価値がある物のように思える。
時計の蓋を開けてみると針は止まったまま。
ネジを巻いて様子を見てみるが、動き出す気配はなかった。
「壊れてるのかなー、もったいない」
元から壊れていたのか、それとも
船長が暴れたせいで壊れた
のか。
どっちかわからないけど、わざわざ取ってあるってことは、
それなりに
大事な物なのかもしれない。
オレはその時計を片付けたばかりの机の上に載せて部屋を出た。
■□■□■
用事も無いのにたたき起こされて、しかも部屋まで追い出された。
いつもなら問答無用でリセルをシメてやるところだが、今日はなんとなくそういう気分じゃなかったから見逃してやった。
しばらく帰ってくるなと言うから、いつもの散歩コースでぶらっと島を一巡りして部屋に戻ったら、中がえらく綺麗さっぱりしてた。
片付けていったのは
小人さん
……んなわきゃない。
いくらなんでも俺の頭はそこまでイカれちゃいねぇ。
俺様の下僕その……幾つだったか忘れたが、一番下っ端のリセルだ。
俺はアイツに部屋の片づけを命じたことは
あんまり
ねぇんだが、ありゃあ性格だろうな。
毎日俺を起こしに来て、俺の部屋が適度に散らかってくると文句をいいながら掃除していく。
そこそこ便利だから何も言わねぇで勝手にやらしてる。
「なんだ、こりゃ」
綺麗に整理された机の上に載せられた、古めかしい懐中時計。
蓋を開けてみたら、壊れているのか動いていなかった。
「あー……こりゃ、確か……」
記憶の片隅から古い光景が転がりだしてきた。
あれは、四年前か。
嵐の夜にリセルを拾った時、一緒に拾ったモンだ。
アイツ、海水飲んで気ぃ失ってるってのに、握り締めてどうにも放さなかったんだよな。
「……アイツ、気付かなかったのか?」
もし気付いてたら、こんなとこに放っておくわけがねぇ。
時計の裏側に刻んである文字。
所々削れ落ちていて読みにくいが、そこには一つの名前が刻まれている。
自分の名前さえ忘れちまってたアイツに、俺が付けてやった名前だ。
それがアイツの本当の名前なのか、それとも親父だか先祖だかの名前なのかは知らねぇ。
だが、必要だからそう呼んでやった。
それだけのことだ。
「抜けてるな、相変わらず」
まぁ、もう少し経ったら話してやろうと思ってる。
大した内容じゃねぇが、この時計のことだとか。
あの嵐の日、俺が一人で岬に出ていた理由だとかを。
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