第一楽章




 協会本部ビルの十階には関係者専用の受付がある。数個の窓口と待ち合い用の長椅子のあるそのフロアは、銀行の受付と似たような雰囲気がある。座り心地の良いソファが用意されているが、そこで長時間待たされることはほとんど無い。銀行と比べ、訪れる人数が少ないからだ。

 また別の階には、協会専属オペレーター達が詰めているオペレーション・フロアがある。その一角には彼等、若しくは彼女等がくつろぐ休憩コーナーがあった。ビルの中には職員用の食堂もあるが、仕事の合間の小休憩には、この場所で一服しているオペレーター達の姿が良く見られる。

 協会は二十四時間稼動している。夜八時を過ぎた頃、片手に有名ケーキ屋の箱を持った中年と思しき男性が、ぶらりとオペレーション・フロアに現れた。

「あら、中山さん。こんばんは。夜勤ですか?」

「どうしても明日までに仕上げたい仕事がありまして。あ、これ差し入れです」

 そう言って、中山はケーキの箱を主任である女性に手渡した。

 中山は協会に所属する能力者の一人である。自ら現場に赴くことは少なく、もっぱら協会が能力者に供給する霊具の整備や作成を担当している。中山を指名しての仕事も数多く、本部に泊り込みで仕事をしていることが今までにも多々あった。中山のような霊具師が使用している、通称工房フロアもビルの中にある。

「まぁ、ありがとうございます。中山さんもそちらに座ってください。今、飲み物を用意しますから」

「どうも、すみません」

 壁際に置かれた長椅子の端に座り、オペレーターの女性の一人から紙コップに入ったコーヒーを受け取る。その時にも丁寧な感謝の言葉を忘れない。そうしているうちに、箱からカスタードたっぷりのシュークリームが取り出され、皆の手に渡る。

「で、さっきの話なんですけど、例の依頼、誰に回します?」

「神城さんは? 彼女、まだ学生でしょ?」

「それは考えました。でも現在三件掛け持ち中で、さらに待機で五件入ってるから何時になるかわからないんですよ」

「……何か、困り事でも?」

 控えめに中山が会話に割り込む。眼鏡の奥の瞳はいつでも柔和で、それが相手に穏やかさをもたらす。そのせいか、彼の周りはいつも和やかな雰囲気に包まれていた。

「困り事というか。期日指定のある依頼では良くあることなんですけど、割り当てが決まらなくて……」

「どんな依頼か、伺ってもよろしいですか?」

「勿論!実はですね……」

 困っていたと言うより、行き詰っていた感のあるオペレーターの男性は、渡りに船といった様相で中山に説明を始めた。

 都内の某私立校で、原因不明の傷害事件が起こるようになったのは、一ヶ月ほど前のことだった。最初は誰も居ない教室の窓ガラスが割れたり、体育館のネットが切り裂かれたりするだけだったが、二週間ほど前からはついに生徒にも害が及ぶようになる。どれも全治一週間程度の裂傷であったが、だからと言って放っておくわけにもいかない。それが校内のいたる所で起こることから、学校側も一連の事件が人間の仕業ではなく、何らかの霊的要因があるものと認めざるを得なくなった。

 正式に協会に依頼をする決心をさせたのは、校長本人が校長室で心霊体験をしたからである、というのは裏話らしい。

「裂傷……原因はカマイタチあたりですかね」

「その可能性は高いでしょうね。でも現場に調査に行ったスカウターの報告によると、どうやら呪術的なモノも絡んでるみたいで」

 依頼にあたっての条件というのが、生徒の勉学に影響が出ないように可及的速やかに解決すること、生徒の目がある為、学校に紛れ込んでも違和感の無い人間が担当すること、以上二つ。学校としては、当然の事ながら、表沙汰にしたくないらしい。

「つまり、妖怪退治の他に、呪詛返しと浄化の出来る能力者が必要だと。しかも学校に紛れ込める子供の能力者。だからか神城さんの名前が出るわけか……」

 手の中の紙コップを揺らしながら、中山は確認するように呟く。後の方は口の中だけにとどまったが。

 オールラウンダーであり、協会のエースとの呼び声高い神城真幸は、弱冠十八歳の現役女子高生である。他の能力者達に一目も二目も置かれる彼女の元には、常に多くの依頼が舞い込んでいる。たまに、学校は大丈夫なのかと余計な心配をしてしまうほどに。

「丁度良い人が見つからなくて、ほんと困ってるんですよ。こうなったら『父兄です』とか言って乗り込むくらいしか思いつかなくて……」

 オペレーター達が頭を悩ますのも無理は無い。何か一つのことに特化した者は居ても、年若く、かつ何事もマルチにこなす能力者というのは滅多に居ない。先述の神城真幸が異例なのだ。とほほ、とうな垂れた彼を励ますように、中山は肩に手を置く。

「一人、いや、この場合二人かな。心当たりがあるんですが」

「本当ですか!?」

「えぇ。まだ一人だと不安は残るんですが、二人だと結構良い仕事をしますよ。いぇ、彼等の霊具を私が見ているんですけどね」

 嬉しそうに顔を上げるオペレーターに微笑みかけながら、道具の扱い方を見れば、大体のことはわかるんですよ、と中山は付け加えた。

「明日、私の工房に来る予定なので、話を通しておきましょうか?」

 中山の提案に、それまで黙って話を聞いていた主任が頷く。

「中山さんの推薦なら、まず間違いないでしょうね。一応、こっちでもチェックしたいので、その二人の名前を教えてもらえます?」

「はい。まだ二人とも中学生なんですけどね、名前は――」



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 協会本部ビルの十階には関係者専用の受付がある。数個の窓口と待ち合い用の長椅子のあるそのフロアは、銀行の受付と似たような雰囲気がある。座り心地の良いソファが用意されているが、そこで長時間待たされることはほとんど無い。銀行と比べ、訪れる人数が少ないからだ。

 その一つ上のフロアはラウンジになっていて、能力者達が待ち合わせをしたり、談笑している姿が多く見られる。ラウンジは吹き抜けになっていて、そこからは下の受付のあるフロアが見下ろせる。そこから見える受付は今日も人は多くなかったが、土曜日である為に平日の同じ時間帯と比べかなりの人出だ。

 ラウンジの手すりにもたれながら、階下の受付をぼんやりと眺める少年が一人。誰かを待っているのか、エレベーターの扉が開く度にそちらに目をやっている。そして、その様子を興味深そうに伺う三対の目。

「憂える少年。待ち人来たらず、ね」

「ハイハーイ、あたし恋人に一票!!」

「……この場合、パートナーじゃないかしら」

 似た顔が三つ。それぞれに声質も似通っている。上から、長女の悠、三女の故、次女の唯であり、協会の魔女三姉妹と呼ばれて久しい。

「えー?でも絶対に相手は女の子だね!!」

 真ん中に座ったコギャル風メイクの故が高い声で言うと。

「あなた、その自信はいったい何処から来るの……?」

 手元の小説に目を落としつつ、おっとりとした様子で冷静に指摘する唯。

「そんなこと、どーでもいいから。あんた達、見なさいな」

 美しくネイルアートの施された指で階段を指し示すのは悠。

 下の受付に通じる大階段。先ほどまで、清掃員が丁寧にワックスをかけていた。

「あの少年の待ち人は、まず受付に行くわね。そうしたらあの少年は受付に降りていく。その時にあの階段でコケる確率はどれくらいでしょーか?」

 右手の指にクリスタル製の六面ダイスを挟み、妹達に問いかける。彼女が良く見せる、何かを思いついた時の笑顔。

「モチロン、一番上から下まで転げ落ちる方に一票!!」

「それ、確率じゃないと思うけど……」

「じゃ、いくわよ」

 右手からダイスがこぼれる。タイルの上を転がるダイスに向かい、悠が呪文を呟く。

「運命の女神よ、吾が掌で踊れ――!!」

「……またファンブル出しても知りませんからね」

 一から六までの数字が記された六面ダイス。悠は、その出た目によって、これから起こる全ての事象の確率を上下させることができる。最高数の六が出た時はクリティカル、つまり大成功。逆に最低数の一が出た時はファンブル、何が起こるかわからない大失敗だ。たいていはロクでもない目に遭う。

 彼女達がそんなことをしているとは全く気付かない少年は、ようやく待ち人を見つけたのか、彼女達の期待する通りに階段へと足を向ける。そして。

「あ」

 故が望んだ通り、少年は盛大に階段の一番上から転げ落ちた。

 クルクルと回るダイスは、ため息を吐いた唯の爪先のあたり、白いタイルの上でその回転を止めていた。その目は――クリティカルの「六」






■スカウター:協会内において、事前に依頼の概要を調査したり、各地の霊的スポットを巡って状況を報告する裏方の代名詞的存在。見込みのある能力者を協会にスカウトする役目も担う。偵察者や調査官とも呼ばれる。実は結構危険を伴う仕事。


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